レオンと真澄の『ドン・キホーテ』
バジルのソロ
真摯にバレエを学ぶ聖真澄は、卓越した技術を身に付けますが、芸術家としてもっとも重要なインプレッションが弱く、世界の好敵手を前に伸び悩みます。
そんな真澄の前に現れたのが、レオンハルト・フォン・クライスト。
それまで自分の内面を覗き見ることもなく、また人間や世界というものを単純に捉えていた真澄にとって、「誰だって、腹の底には強烈な自我を持っているんだ。あんたも一度、自分の腹の底を覗いてみるといい」と言うレオンとの出会いは衝撃でした。
「失礼な人」と反発しながらも、レオンの強靱な精神に心惹かれるようになります。
そんなレオンが得意とするのが、スペイン舞踊をモチーフにしたクラシック・バレエの傑作『ドン・キホーテ』の青年バジル。
『ドン・キホーテ』は、「愛」や「死」など、重いテーマが多いクラシック・バレエにおいて、唯一、コミカルな要素を持つ異色作です。
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こちらが会場を沸かせるバジルのソロ。
ソ連からアメリカに亡命したミハイル・バリシニコフ(アメリカン・バレエ・シアター)の十八番でもあります。
人間離れした跳躍と、どこか甘いマスクで世界的人気を博しました。
SWANでは、世界バレエコンクールで、レオンがバジルを踊って、観客を魅了します。
「あのタイツ姿のセクシーさが分からないなんて、女じゃないわ!」という熱狂的なファンも現れたり。
その印象があまりに強烈だった為、次に踊ったシドニー・エクランドの男性パートナーが調子を狂わせ、せっかくのシドニーの優れた演技が台無しに。
(レオンの『あれは自滅する』という台詞が強烈でした)
どれほど個人的に優れても、パートナー次第で左右される現実を目の当たりにした真澄は、「自分にとってのパートナー」について、真剣に考えるようになります。
そんなレオンと真澄は、世界バレエコンクールの後、ニューヨーク・シティ・バレエ団の招きでアメリカに赴き、モダン・バレエの名振付家ジョージ・バランシンの舞台に参加することになりますが、その際、バランシンが、「真澄の音楽センスを知りたい」と、踊るように求めたのが、『ドン・キホーテ』のパ・ド・ドゥでした。
自分の実力が疑われていることに対し、一瞬、真澄は恐れを感じますが、レオンに力強く肩を押されて、新しい一歩を踏み出します。
「そうよ、レオンの『ドンキ』は超一級だものね!」
二人のパ・ド・ドゥは息もぴったりで、バランシンのテストにも、とりあえず合格。
しかし、この先、真澄はモダン・バレエの世界で自分を見失い、レオンとの間にも亀裂が生じます。
このニューヨーク編は、SWANにおける見どころの一つです。
私のレオンに対するイメージは、ミハイル・バリシニコフ80年代から90年代にかけて『アンファン・テリブル(恐るべき子供)』と呼ばれ、後にパリ・オペラ座の芸術監督に就任したパトリック・デュポンです。(ミハイル・バニシリコフも、ちょっと入ってる)
こちらがパトリック・デュポン、17歳の時の演技です。足の伸び方が尋常じゃないですね。
レオンのモデルに間違いないと思います。
ドン・キホーテの物語
ラ・マンチャに住むドン・キホーテは、騎士物語に取り憑かれて、いつも書斎で本を読み耽っています。
そのうち、自分が騎士であるような錯覚に陥り、何か手柄を立てようと、近所に住む農夫のサンチョ・パンサを引き連れて、旅に出ます。
夢の女性、ドルネシア姫を探しに行くためです。
一方、バルセロナの広場では、美しい娘キトリと恋人の床屋バジルが戯れながら踊っています。
欲張りなキトリの父親は、町で一番の金持ちガマーシュとの結婚を画策しますが、キトリはガマーシュが大嫌い。
そこへ、サンチョ・パンサを連れたドン・キホーテがやって来て、キトリこそ憧れの姫ドルネシアと見定め、思いを打ち明けます。
広場が大混乱する隙に、キトリとバジルはその場から逃げ出します。
ガマーシュとの結婚を潰す為に、キトリとバジルは一芝居打ちます。
結婚を認められないバジルが狂言自殺を図るのです。
そこへドン・キホーテとガマーシュが乱入し、村は大混乱になりますが、最後には、めでたし、めでたし。
超絶技巧が炸裂する、キトリとバジルの結婚式(パ・ド・ドゥ)で華やかに幕を閉じます。
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こちらは英国ロイヤル・バレエ団のドン・キホーテ。
第一幕のフィナーレです。
マリアネラ・ヌネとカルロス・アコスタの切れのいいテクニックが見物。
『ドン・キホーテ』の最大の見どころは、第三幕、キトリとバジルのコーダ(パ・ド・ドゥ)でしょう。
跳躍や大回転など、大技が次々に繰り出され、技巧派ダンサーにとって腕の見せ所です。
ガラでも、必ずといっていいほどプログラムに組まれる演目なので、見たことのない人の方が少数でしょう。
こちらは、90年代に、パリ・オペラ座で一時代を築いたオーリー・デュポンとマニュエル・ルグリのコーダ。
デュポンも、ルグリも、超絶技巧がぴしりと決まって、本当に素敵でした。
こちらは90年代、ボリショイの名花といわれた、ニーナ・アナニアシヴィリ。
エキゾチックな美貌と華やかな技巧で、キトリを得意としていました。
こちらは、イザベラ・ボイルストン&ダニー・シムキンの練習風景ですが、間近で、こんな凄い踊りを見せられたら、他の人は言葉を失いますね……。
第一幕、キトリのヴァリエーションも有名です。
スペイン風の音楽にのって、情熱的に踊ります。
こちらは、英国ロイヤル・バレエのナタリア・オシポワ。
創作の背景
バレエ『ドン・キホーテ』は17世紀のスペインの作家、ミゲル・デ・セルバンテス・サベードラの『奇想天外の騎士 ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』という題名の長編小説をもとに作られた。古くは1766年にウィーンの野ヴェールが、1801年にはパリ・オペラ座で、ルイ・ミロンが『画マーシュの結婚』と題して上演している。
さらに1850年にはポール・タリオーにが『ドン・キホーテ』という題名でベルリンで上演している。これらの作品は現在では知る由もないが、どうやらクラシック・バレエとスペイン舞踊の融合の形で作られたようである。
現在のような作品になったのは、1869年にマリウス・プティパが振付け演出してからである。モスクワの帝室劇場(現在のボリショイ劇場)の依頼を受けて作ったもので、プロローグつき4幕8場からなる作品であった。
バレエ『ドン・キホーテ』は大成功を収めるが、プティパは1871年にペテルブルクのマリインスキー劇場で、5幕11場の作品に作り直した。ペテルブルク版では「夢の場面」と「貴族の館の場面」を新たに加えた。キトリとドルネシア姫がひとりのバレリーナで踊られ、有名なグラン・パ・ド・ドゥもこの新しい版で作られたようである。
≪中略≫
初めに成功を収めたプティパ版を改訂したのは、アレクサンドル・ゴールスキーであった。1900年、ボリショイ劇場で上演されたが、主役偏重主義を排し、アンサンブルを大切にした。また登場人物たちに生き生きとした演技をさせ、ドラマツルギーを重視した。アレクサンドル・頃ヴィンが担当した舞台美術も、時代考証を重んじた。
こういったゴールスキー版は観客達には好評で、これを元にゴールスキーは何度も改変に改変を重ねている。
しかし、否定論者も多かった。
その急先鋒は言うまでもなく、プティパであった。
プティパは、「観客の支持を得て200回も上演を重ねている私の作品を、改変する必要などあったのか」と、不満を述べたと言われている。
このプティパ版とゴールスキー版を融合させたような形にしたのがザハロフとゴレイゾフスキーらの新演出だった。1940年に上演されたこの演出は、後0留守キー版を基本にして、プティパ版にあったプロローグを復活している。居酒屋の場面のギターを持った女たちの踊り、ジーグ、ジプシーの踊りなどの音楽をソロヴィヨフ=セドイとじょろヴィンスキーが加筆した。舞台美術もルイジンによって新しくされたが、何よりこの演出で際立ったことは、キトリとバジルの恋物語が明確にされたことである。アンサンブルのなかに一本きちんとしたテーマが明らかにされたのだ。
1970年には、ルドルフ・ヌレエフがオーストラリア・バレエ団のために改訂。舞台美術をバリー・ケイが担当した。
このバレエは現在、観客からもっとも支持を受けているバレエといえよう。クラシック・バレエでありながら、そこここにスペインの香りを漂わせ、スペイン舞踊やジプシーの踊りなどバラエティーに富んだ踊りが満載されている。男性、女性とも、主役はジャンプ力や回転力などの高いテクニックが要求され、されあに芝居心、特にコミカルな演技力が必要となる。主役だけでなく、カンパニー全体が高い水準であることが求められる作品である。
【コラム】 二人で作るバレエと人生 ~パートナーシップとは
レオンとの出会いは、真澄のバレエと人生の両面に大きな影響を与えます。
とりわけ、シドニーのパートナーが、レオンの踊りに挑発され、舞台上で調子を崩し、それまで完璧に踊っていたシドニーまでもが調子を狂わされ、パ・ド・ドゥを失敗してしまう下りは衝撃的でした。
それはバレエに限らず、ビジネスでも、結婚でも同じです。
自分一人がどれほど頑張っても、パートナーが悪ければ、何の意味もありません。
むしろ、足を引っ張られ、失敗する恐れもあります。
そう考えると、仕事の正否も、人生の幸不幸も、誰をパートナーに選ぶかで決まるのかもしれません。
真澄は、それまで自分の方だけ向いて生きてきて、『二人』という単位について考えた事がありませんでした。
『二人』というと、「あなたとわたし」と考えがちですが、実際には、and ではなく、two in one、あるいは、combination の世界です。
二人で一つの形を成す、難しい作業です。
どちらか一方が突出しても、完璧な形にはならないし、逆に、一人一人の力は貧弱でも、ペアになることでパワーアップすることもある。
ユニークで、創造的な世界です。
昨今は、「おひとりさま」がもてはやされ、気楽でいいですが、一人で体験できることには限界があるし、世界も小さく閉じてしまいがちです。
特にバレエは、自分を美しく引き立ててくれるパートナーの存在が不可欠ですから、自分一人で気張っても何もなりません。
そういう意味でも、レオンに出会えた真澄は幸運だったし、また、その出会いを生かせた点でも、よく頑張ったと思います。
途中で愛想を尽かして、諦めていたら、真澄のバレエも、人生も、そこで終っていたでしょうから。
確かに、人との付き合いは面倒だし、いくら優れた相手でも、万事順調とは限りません。
腹の立つこともあれば、傷つくこともある。
その度に縁を切っていては、どんな相手とも長続きしないでしょう。
パートナーシップは、上手く行くことが全てではなく、関係が悪化した時こそ、互いの愛情や信頼が問われるものです。
真澄とレオンにとっては、関係維持に努めることこそ、人生の芸術なのかもしれません。
初稿 2010年4月30日