ドビュッシーの魅力
ドビュッシーの音に色はない。
風や光に色が無いように、ドビュッシーの音楽にも色は見えない。
なぜだろうと思って音の底を覗いてみると、そこに形がないからだ。
「天国」や「妖精」がそうであるように、ドビュッシーの音楽も観念の世界として心に響いてくる。
人が「月」を思えばそれは月になり、「海」を思えば海になる。
色も形もない透き通った音楽に、どんな印象でも反映することができる。
ドビュッシーの音楽を心地よく感じるのは、そこに自由な羽ばたきを感じるからだ。まるで自分の心の音を聞くような陶酔感。
どんな風にでも音と戯れることができる。
そのあたりが、ベートーヴェンやブラームスを聴いていると、時々、疲れてしまう所以だったりする。
こういう音楽を一枚の絵に描き、白い回廊に一列に並べて、朝の光の中で眺めることができたなら、それはきっと天国と呼ぶにふさわしい清々しさだろう。
光を紡ぎ、水のように跳ねる。
ドビュッシーのアルペジオ。
練習曲集 第2巻より 第11曲『組み合わされたアルペジオ』
ドビュッシーのピアノ曲といえば、『ベルガマスク組曲』の『月の光(Clair de Lune)』が圧倒的に有名だが、私の一押しは、『練習曲集』の第11曲『組み合わされたアルペジオ』だ。
詳しくは、己の美学のままに ~アレクシス・ワイセンベルクの魅力 『ドビュッシー名曲集』『ラフマニノフ ピアノソナタ 第2番』等にも記載しているので、そちらも参照されたい。
まさに光が飛び散るようなアルペジオで、流麗とした音色に陶然とする。
演奏は、アレクシス・ワイセンベルク。
ピアノ4手連弾のための組曲(小組曲)より 『メヌエット』
フランス版『ちいさい秋みつけた』。
《ピアノ4手連弾のための組曲》、一般に『小組曲』で知られている四部作の中の一つだ。
「小舟にて」「行列」「メヌエット」「バレエ」と、いずれも単独でも素晴らしく魅力的な曲がセットになっており、連弾としても、オーケストラでも楽しめる、ドビュッシーの隠れた名曲。
わけても美しいのが、秋をイメージした第3楽章の「メヌエット」だ。
落ち葉が埋め尽くした街路を、長いおさげの少女が跳ねるように歩いて行く。
ふと立ち止まると、まだ日の光を名残惜しむような若い葉っぱが落ちていて、少女はそれを木の枝に戻そうとするが、突然、木枯らしが吹き付けて、葉っぱはみるみる遠くに運ばれてゆく。
少女は微かな木漏れ日を見上げると、深まる秋の気配を感じながら、再びステップを踏み始める――というイメージ。
特に説明はないが、四つの小曲は「春夏秋冬」を表していると想像。
「小舟にて」は、柔らかい春の陽ざしの中でボート遊びを楽しむ恋人たちの情景を描き、「行進」は、水着や遊び道具を片手に湖に急ぐ子ども達の列を思わせる。
「バレエ」の華やかさは、白い粉雪の舞う中をクリスマスの妖精たちが踊ってるみたい。
季節感あふれる名曲です。
レシタリ・ショルテス & グウィリム・ヤンセンのデュエットより。
《映像》より 『水に映る影』
もう一つ、おすすめは、『映像』に収められている『水に映る影(水の反映)』だ。
まるでモネの水彩画を思わせるような豊かな音の広がりと透明感のある響きが素晴らしい。
音をのぞき込んだら、あなたの姿が見えるでしょう?
水に映っているのは、他ならぬ自分自身──
私たちはドビュッシーの音楽を聴きながら、その実、自分の心にはねかえる音を感じているのである。
演奏は、アルトゥール・ミケランジェリ。
《プレリュード(前奏曲)集 第1集》より 『沈める寺』
ドビュッシーの数ある映像的名曲の中でも、いっそう神秘性をもって響いてくるのが、『沈める寺』だろう。
フランス・ブルターニュ地方に伝わる『イスの伝説』をイメージして作られたというこの曲は、さながら沈める都の寺院の鐘のようでもあり、水底から響き渡るような和音はドビュッシーの映像美の真骨頂である。
実は、ドビュッシーは、一度も生演奏で聞いたことがない。
なんだかんだで機会がなかったなぁ、と。
この『沈める寺』だけは、深い、深い、森の奥の、古いカトリックの寺院で聞いてみたいものです。
演奏は、アルトゥーロ・ミケランジェリ。歴史的名演です。
インスパイアされて書いた短編はこちら
【短編】沈める寺 ~ドビュッシーの名曲より
ドビュッシーの名盤 CDとSpotify
ドビュッシーの演奏も人によって好みが大きく分かれるところ。
私の一押しは、技巧派アレクシス・ワイセンベルクの名曲集。
光を思わせる、透明感あふれる響きに魅了される。
お家芸のようなフランス的演奏を堪能するなら、ミシェル・ベロフがおすすめ。
この方の演奏も知的で、洗練されていますよね。
『水に映る影』『沈める寺』を堪能するなら、今や世界のマスターピース、ミケランジェリ版がおすすめ。
天上の芸術です。
『小組曲』に関しては、「メヌエット」に対する私のこだわりが強いせいか、なかなかどれも納得できない部分があります。
私が持っているハースという方の演奏が、有名ではないけれど、一番心に響いて、その思い出をずっと引きずっているからかもしれません。
ちなみに、このCD、すでに廃盤です。
あえて挙げるなら、コレかな。
「メヌエット」は、あまりペダルを使わない、ちょっと乾いた感じの演奏が好きです。
他の収録曲もいいですよ。ぜひ試聴してくださいね。
・梨の形をした3つの小品(サティ)
・3つのロマンティックなワルツ(シャブリエ)
・組曲「ドリー」op.56(フォーレ)
初稿:: 2011年3月1日
アイキャッチ画像 Claude Debussy – La Cathédrale Engloutie, orchestration Henry Woodより