映画『ビッグ・アイズ』 あらすじと見どころ
ビッグアイズ(2015年) ー Big Eyes
監督 : ティム・バートン
主演 : エイミー・アダムス(画家マーガレット)、クリストフ・ヴァルツ(夫・ウォルター)、
あらすじ
シングル・マザーのマーガレットは、しがないシングルマザーの絵描き。
才能があるにもかかわらず、強気で自作を売ることができず、二束三文の価格で絵を売ってしまう。
マーガレットは、彼女の才能を理解するウォルターと結婚し、やっと幸せを掴んだかに見えたが、口八丁手八丁のウォルターは彼女の作品『ビッグ・アイズ』(目の大きな人物画)を高値で売り込み、しまいには、自分が作者だと主張して、一世を風靡する。
やがて世間を欺き続けることに耐えられなくなったマーガレットは、ラジオ番組で真相を告白。
二人の争いは法廷に持ち込まれ、意外な結末を迎える。
見どころ
ティム・バートン監督の『ビッグ・アイズ』は、現実に存在したマーガレット・キーン & ウォルター夫妻の詐欺的商法をベースにした、痛快な伝記物語だ。
おもちゃ箱のような映像美で定評のあるティム・バートンが、ちょっぴりファンタジー要素を盛り込み、軽快ながらも示唆に富んだ人間ドラマに仕上げている。
女性アーティストに対する蔑視、芸術の商業化、権威のパワーハラスメント(この場合、マーケティング担当のウォルターがそれに相当)、騙される大衆。
随所にティム・バートンの風刺がきいている。
一見、夫婦のドタバタを描いたコメディタッチの作品に見えるが、その根底にあるものは奥深い。
夫ウォルターも決して褒められた人間ではないが、マーケティングの手法としては参考になるはず(良い意味でも、悪い意味でも)
ウォルターがいたから、マーガレットも後々まで語り継がれるような画家になれたわけで、一口にジャッジできない物語である。
繊細だと絵は売れない ~謙虚さは美徳なのか?
世の中には、臆面もなく、自分を10にも100にも誇張して見せることのできる人間がいる。
それとは正反対に、いつも控えめで、自信がなくて、どれほど優れた素質を備えていても、集団の中で小さく縮こまるだけの人もいる。
『繊細な人に絵は売れない』
妻の弱みにつけ込んで、一儲けを企む夫ウォルターと、人気と良心の板挟みになる女性画家マーガレットの葛藤を描いたのが、ティム・バートンの映画『ビッグ・アイズ』だ。
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目だけがぎょろりと飛び出でた子供の絵が得意なマーガレット。
最初の夫の横暴から逃れるように家を出て、シングルマザーとなり、家具屋でイラストを描く仕事をしながら、日曜日は往来で肖像画を描くアルバイトをしながら一所懸命に生計を立てている。
道行く人の目を留めるだけの実力がありながら、自信のないマーガレットはどこかオドオドし、自分の絵に適正な価格をつけることができない。
「この絵はいくら?」と聞かれ、「今日は特別に2ドルです」と答えても、客に「1ドルでどうだ」と押し切られると、「分かりました・・」と答えてしまう。
絵の自信もない。シングルマザーとして生きてゆく自信もない。
いろんな意味で疲れ切ったマーガレットの目の前に現れたのが、お調子者のウォルター。
彼女とは対照的に、よく喋り、社交的で、下手な絵でも一流画廊に堂々と売りにでかける押しの強さがある。
マーガレットの才能をいち早く見抜いたウォルターは、ライブハウスと強引に交渉し、トイレの前の廊下で絵を売るという離れ業(?)をやってのける。
大勢の目に触れるうち、マーガレットの絵は徐々に人気を集めるが、自身がギャラリーの前に立って高値でアピールするほど厚かましくもなれない。
そんなマーガレットの躊躇を尻目に、ウォルターはあたかも自分が描いたかのように客にアピールし、がんがん金を稼ぎまくる。
そう、まさに『繊細だと絵は売れない』のである。
口の上手いウォルターは臆面もせず自画自賛。あの手この手で『ビッグ・アイズ』を売り込み、知名度を高める。
商品価値のなさそうなチラシやパンフレットにも値段をつけ、堂々と売りまくる。
自身が作者であるにもかかわらず、それを言い出せないマーガレット。
ウォルターのように下品にも尊大にもなれず、一度は、ウォルターの提案を呑み、対外的なマーケティングはウォルターに任せ、自身は絵の制作に徹する道を選ぶが、世間も、友人も、最愛の娘せも欺き続けることに、次第に激しい良心の呵責を覚えるようになる。
そんな彼女の葛藤を尻目に、『ビッグ・アイズ』は国民的人気となっていく。
行きつけのスーパーでも大量販売されているのを見て、茫然自失。
しかもそれは自分の実力ではなく、『夫の手柄』。
しまいに店内にいる人がみな『ビッグ・アイズ』に見えるほど。
まるで世界中に責められているみたい。
このあたりの不気味で人形的な演出はティム・バートンならでは。
やがてマーガレットは、芸術家としての自分自身さえ欺いているように感じ、『ビッグ・アイズ』とは異なる絵を描いて、静かに自己主張を始める。
順風満帆に見えたウォルターの商法に傷が付く事件が起きた。
ニューヨーク万博に出品された『ビッグ・アイズ』が酷評されたのだ。
ウォルターは世界進出の野望を挫かれ、その怒りをマーガレットにぶつける。
夫の横暴に耐えられなくなったマーガレットは、ついに娘を連れてハワイに逃亡。
そこで神の教えを説く『エホバの証人』から聖書を授かり、「誠実」という言葉の前に立ち止まる。
ラジオのインタビューでついに真相を打ち明けるマーガレット。
彼女の告白は世間を騒然とさせ、ついに法廷で争うことになる。
世間は才能より付加価値が好き
作中でもさりげなく語られているが、マーガレットとウォルターの間には、日常的に家庭内DVやパワーハラスメントがあったのだろう。
「お前はダメだ、臆病だ」「女ごときに商売ができるわけがない」「お前は黙って絵を描いていればいい」「俺の言う通りに従っておればいい」 etc
夫の言葉に矛盾や反発を感じながらも、臆病で自信のないマーガレットは、「夫の言う通りかもしれない」と自分に言い聞かせ、服従するようになる。
そんなマーガレットを意気地なしと非難するのは容易いが、逆らえば、どんなひどい暴力を振るわれるか知れず、その恐怖心は計り知れない。
しかも、当時は、現代よりもっと女性が蔑まれ、キャリアや自己実現とも縁遠かった時代だ。
「女性の絵は軽く見られるから名乗らないの」というマーガレットの言葉が全てを物語っている。
「才能があれば、誰でも認められる」というのは、世間を知らない人間のファンタジーだ。
大多数は、他人の才能など何の興味もなく、むしろ「盲目の少女が描いた」とか「元ホームレスの男性が独学で作った」とかいう付加価値に惹かれる。
ウォルターが「収容所の子供たちの傷ついた姿に心を動かされた」などと偽りのエピソードを口にしても、誰一人、疑うこともなく、かえって絵の価値が増すように。
真実が露呈すると、世間はウォルターは激しく糾弾するが、そもそも彼の言い分を信じ、チラシ一枚でも有り難がってお金を落とし続けたのは誰なのか?
「オレたちはウォルターに10ドルを払ったのではない。『ビッグ・アイズ』という名作にお金を払ったんだ」と言う人もあるかもしれないが、評論家がこぞって賞賛しなければ、絵の良さなど理解できない方が大半だろう。
『ビッグ・アイズ』を買ったつもりでも、彼らは確かにウォルターのインチキにお金を使わされたのだ。
ティム・バートンが、このテーマに目を付けたのも、彼自身、映画界に長く身を置いて、似たような事例をたくさん見てきたからかもしれない。
大して実力もないのに、『○○の再来』『人気ナンバーワン』と持ち上げれば、世間は目くらましにでもかかったように、有り難がり、偽の権威が出来上がる。
金になると分かれば、誰も本当のことなど言わないし、真実を見ようともしない。
そんな中、マーガレットだけが純粋だ。
心の底から自作を愛し、たとえ夫から理不尽な目に遭っても、作品の世界観を守ろうとする。
「こんなに絵の才能があるのに、どうして堂々と名乗ることができないの? 私なら皆に見せびらかすのに」と普通の人は思うかもしれない。
だが、大衆を魅了するような、素晴らしい絵が描けるだけの知性や感性を備えているから、ウォルターのように恥ずかしげもなく自分を売り込むことができないのだ。
本作は、家庭内のパワハラや女性差別を描いた社会ドラマであると同時に、詐欺的商法を蔓延させているのは、むしろ大衆自身、という風刺でもある。
我々は日頃、深く考えずに、本やDVDやハンドメイド小物などを買い求めるが、その値段は誰が決めて、お金はどこに流れていくのか。
時には立ち止まって考えることも大事ではないだろうか。
それでも真実は勝利する
10年もの間、マーガレットは心を毒されるが、最後には良心に立ち返り、ウォルターの嘘を暴いて、勝利する。
搾取する者(=ウォルター)が、どれほど押さえつけようと、芸術家の良心まで支配できない。
本来の情熱が少しずつ目を覚ますように、マーガレットは、あの手この手で、作品の中に自己を表現しようとする。
それは「成功を独り占めするなど許せない」という嫉妬や嫌悪の感情ではなく、芸術家たるもの、自身の作品と離れて生きていけないからだ。
そんな彼女を勇気づけたのが、愛する娘だ。
世間は騙せても、娘だけは騙せない。
たとえ真実が露呈して、世間から袋だたきにあっても、娘は「有名な母」より「誠実な母」を選ぶ。
その確信が、ラジオでの告白に繋がった。
芸術と親心。
この世で決して欺くことのんできない二つの真心を描くことで、ティム・バートンは商業化された世界に極上の答えをくれた。
『それでも真実は勝利する』
マーガレットの芸術家としての魂は商業化に毒されず、また、母としての自覚は試練に打ち克つ勇気をもたらした。
勝訴したマーガレットの晴れ晴れとした笑顔は、真実を重んじるティム・バートンの確信でもあると信じたい。
世間の評判やキャッチフレーズに惑わされることなく、『真実を見ろ』。
絵の中の大きな瞳は、見る人にそう語りかけているような気がする。
初稿 2016年8月15日