「大人になる」ということ ~親もまた”人間”と気付く時~

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親もまた”祖父母の子供”であり、一人の人間である

私たちは、法律上成人になった人を『大人』と呼びますが、傍目には一端の社会人でも、大人になりそこなった人は少なくありません。

いつまでも親を恨む気持ちから人間関係に躓き、仕事や社会生活にも失敗して、何をやっても上手くいかなくなるのです。

そういう人は、心の中にいつまでも幼い子どもが住んでいて、苦痛に泣き叫んでいます。

人と接しても、親子関係の躓きを繰り返してしまうので、なかなか良い方に進むことができないのです。

しかし、誰でも大なり小なり、そうした部分は持ち合わせています。そこで上手く乗り越える人と、いつまでも引き摺ってしまう人の違いは何なのか。

一つは、心理的な上下関係が変わらないこと。

もう一つは、親がいつまでも『親』にしか見えない点にあると思います。

親も一人の人間です。

もしかしたら、あなたと同じように「傷ついた子ども」かもしれません。

そして、いつの日か、病気や災害、失業など、不幸をきっかけに、自分の知らない親の姿を垣間見ることもあると思います。

親というものを、一人の傷ついた人間として受け止め、理解した時、心の器がぐんと広がり、何かが突き抜けるのを感じるはずです。

その時、全てを払拭できなくても構いません。あなたがまた新たな視点を得て、今までとは異なる考え方ができるということ自体が偉大なのです。

大人になるということは、自活や独立とは違う

大人になるということは、自活や独立とは似て非なるものです。

子どもの目線を離れ、人と世の中を一段高い次元から見つめて、考察できることです。

たとえ一人前に仕事をし、独自の所帯を持っても、「親 死んでほしい」「親 殺したい」という恨みに囚われていては、親を一人の人間として見ることはできません。心の中は、いつまでも幼い子どものまま、苦しみも長引くでしょう。

それは「親の過ちを許せ」という意味ではありません。

親もまた誤った価値観に囚われ、ここまで来てしまったのだと理解することです。その脆さや愚かさを知れば、人間に対する見方も変わり、社会生活にも活かせるでしょう。なぜなら、あなたは人の弱さも痛みも知る、懐の深い人間だからです。

許せないなら、無理に許そうとしなくてもかまいません。

ただ、親がそうなった理由を理解しているのと、してないのでは、大違いです。

たとえば、老人がコンビニから菓子パンを万引きしたとしましょう。盗んだ行為は犯罪ですが、身寄りもなく、蓄えも尽きて、貧苦に耐えられずにやったと知れば、見方も変わるでしょう。こんな事件を二度と繰り返さない為にはどうすればいいか、考察も深まると思います。

それは親に対しても同様です。

「許せない」という気持ちと、「なぜこうなったのか。同じ過ちを繰り返さないようにすれば、どうすればいいか」を考察することは、全く別物です。

気持ちだけでは何も変わりませんが、考察は原因を見出し、より良い方策を見出す原動力となります。そうした力を身に付けることが、人間関係を広げたり、社会生活を営む上で非常に大きな強みとなるのです。

誰かにこっそり教えたい 👂
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今日のひと言

交際を長続きしたければ、楽しい人になりましょう。
「楽しい」というのは、あれも知ってる、これも知ってる芸人ではありません。
どんな話題でも明るい展望があり、心がほっとするような印象を与えることです。
いくら話が面白くても、他者の存在を嘲笑うような楽しさは人間としての品性を疑われます

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この記事を書いた人

MOKOのアバター MOKO Author

作家・文芸愛好家。アニメから古典文学まで幅広く親しむ雑色系。科学と文芸が融合した新感覚の小説を手がけています。東欧在住。作品が名刺代わり。Amazon著者ページ https://amzn.to/3VmKhhR

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