セカンドレイプと裁判の実態を描く ジョディ・フォスター主演の映画『告発の行方』

この記事はネタバレを含みます。未見の方はご注意下さい。

目次 🏃

セカンドレイプと裁判の実態を描く、映画『告発の行方』

全米の心臓を止めた、衝撃の15分

『告発の行方』は、被害者の女性サラ・トバイアス役に、ハリウッド随一の実力派女優ジョディ・フォスター。サラに助力する女性弁護士キャサリン・マーフィー役に、映画『トップガン』でトム・クルーズの恋人役を演じ、知的な美貌で一世を風靡したケリー・マクギリスを迎え、リアルな描写で性犯罪の実態と裁判の過酷さを描いた社会派ドラマの傑作です。

公開時のキャッチコピーは『全米の心臓を止めた、衝撃の15分』。

ジョディがプールバーでのレイプシーンを体当たりで演じ、アカデミー主演女優食を獲得しました。

アメリカでもレイプは社会問題になっており、その大半が複数犯によって実行されています。(映画テロップより)

本作では、ジョディの演じる飲食店アルバイターのサラ・トバイアスが、社会の偏見=セカンドレイプと闘いながら、裁判での容赦ない反対尋問を乗り越え、見事に勝訴するまでの過程を描いています。

告発の行方 [DVD]
告発の行方 [DVD]
場末の酒場で複数の男たちによるレイプ事件が起きた。事件当夜、被害者のサラが酒に酔いドラッグを吸っていた事を知った検事補のキャサリンは不利な裁判になることを予測、弁護士側との裁定取引に踏み切る。レイプではなく過失傷害として事件が扱われたことを知ったサラはキャサリンを裏切り者となじる。傷つきながらも真実の公表を訴えるサラに対し、裁定取引を悔やみ始めたキャサリンは再び事件の新たな告発へと動き出す。

amazonプライムビデオはこちら

被害を訴えても、救われない ~病院や裁判所の実態

映画の冒頭、突然ドアが開き、ジョディの演じるサラ・トバイアスが「ぎゃーっ」と叫びながら、『ミル』というプールバーから飛び出してきます。
衣服も乱れ、ジョディの壮絶な叫び声に、観客はのっけから衝撃を受けるはず。

一方、店の近くの公衆電話から、警察に通報する一人の若者の姿がありました。これが後の伏線となります。
彼は電話口ではっきり「女の子がレイプされている」と言っているのがポイント。

サラは通りかかった車に拾われ、病院に辿り着きますが、そこで待ち受けていたのは、「最後の生理はいつ? 最近、性交したことは?」という胸をえぐるような質問でした。
癒やしも励ましもなく、診察台に横たわるサラに、事件の証拠集めとして、写真撮影や内診が行われます。

告発の行方 ジョディ・フォスター

告発の行方 ジョディ・フォスター

警察の要請で、有能な女性弁護士キャサリン・マーフィー(ケリー・マクギリス)が診察室を訪れますが、キャサリンの態度も冷淡。
サラに同情しながらも、「お酒飲んで、マリファナ吸って、レイプ? 自業自得でしょう」と言わんばかりの尊大な態度です。

告発の行方 ジョディ・フォスター

しかも、診察が終われば、調書を取る為に、再び現場に連れ戻されます。
犯人を特定する為です。
もう二度と顔を見たくない……と思っても、「あれが犯人だ」と証言しなければなりません。

告発の行方 ジョディ・フォスター

同意か、暴行か。世間の偏見が被害者女性を苦しめる

犯人の一人は、一流大学に通う、お金持ちのお坊ちゃんです。
警察に逮捕されると、すぐさま父親の力で減刑を図ります。

犯人の保釈をめぐって、裁判所で第一回目の話し合いが行われますが、相手側の言い分は、「これはレイプではない。合意の上での和姦である」というもの。

しかも、その経緯をTVで大々的に報じられ、サラは公衆の面前で詰られたような衝撃を受けます。

告発の行方 ジョディ・フォスター

告発の行方 ジョディ・フォスター

大学生は、親のコネと権力で罪を逃れ、まったく反省の色がありません。
しかし、その晩、犯行が行われた場所に居合わせ、警察に通報した同級生のケネスだけは真実を知っています。

告発の行方 ジョディ・フォスター

サラの暮らすトレーラーにやって来たキャサリン弁護士は、裁判の準備として、「当日はどんな格好をしてたの? 男を挑発したんじゃないの?」というような質問を浴びせかけます。
サラが反発すると、「裁判所では、いろんな事を聞かれるわよ。男に殴られるのが好きか、複数とセックスしたことはあるか、何度、妊娠中絶したか。それに異議を申し立てても、却下されるわ」とキャサリンは冷徹に答えます。

被告側の弁護士は、無罪を勝ち取るために、サラを「レイプされても仕方のない、ふしだらのない女」というイメージに仕立て上げ、『和姦』という方向に持って行く方針です。

サラは「こんなふしだらな女は守る価値がない、と言いたいわけ?! あいつらを刑務所にぶち込んで」と逆上し、キャサリンにベストを尽くすことを約束させますが、キャサリンは弁護士としての経験から、勝ち目のない裁判だと分かっています。
サラに有利な証人はなく、世間の印象も、どう見ても「サラの自業自得」だからです。

告発の行方 ジョディ・フォスター

そこで、キャサリンは被告側の弁護士と取引します。
キャサリンは、「第一級の強姦罪」での立証を主張しますが、被告側の弁護士は「原告(サラ)は酒とマリファナをやっていた。目的は ”男”だ。誰だって、そう思う」とキャサリンの申し出を受け入れようとしません。しかも、「とにかく刑務所に入ればいいんだろう。その代わり、罪状から『性犯罪』の要素を取り除け」と持ちかけます。『傷害罪』と『強姦罪』では、罪の重みが全く違うからです。

取引の結果、事件はレイプではなく、「単なる暴行」として裁かれることになりました。その理由は、「被害者の女性が証人として弱いから」。
サラがどれほど性犯罪を主張しようと、「酒を飲んで、マリファナを吸っていた女は、暴行されても自業自得」という偏見があるのです。

事実を知ったサラはキャサリンの住まいに押し掛け、怒りをぶちまけます。

「あんたに私の気持ちが分かるの? 大勢の人間の前でパンティを脱がされ、アソコを丸出しにされて、三人の男に順番に突っ込まれたのよ。周りにいた連中は拍手喝采で見物してた。私がどんなに屈辱的な思いをしたか、あんたに分かるはずがないわ!」

その後、気分転換にレコードショップに立ち寄ると、見知らぬ男がサラに話しかけてきました。
ナンパ師と思い、あしらおうとしたら、「オレはお前を知っている。酒場にいた女の子だろう。オレは全部見てたんだぜ」とサラを嘲笑します。
ショックを受けたサラは、男のトラックに車ごと体当たりし、自身も深く傷つきます。

告発の行方 ジョディ・フォスター

見舞いに訪れたキャサリンにサラは言います。

「私はあばずれ女なの? 世間の皆は、私をそういう風に見ている。当然だわ。あなたがそう言ったんだもの(つまり、司法取引で強姦罪を否定した)。私の話は誰にも聞いてもらえない。反論するチャンスさえなかった」

『強姦罪が成立しない』ということは、『女性も納得ずみ』とみなされたも同然です。
女性が性暴力を訴えても、裁判でそれを立証できなければ、単なる暴行でしかありません。
そうして、世間の偏見に晒されるうちに、女性自身もこう考えるようになります。「私に隙があったから、男に襲われた。私は襲われても仕方のない女なんだ」

性暴力の恐ろしさは、自尊心もズタズタにされて、反論する気力も、生きる目的さえも無くしてしまうことです。

告発の行方 ジョディ・フォスター

過酷な裁判と真実の証言

ぼろぼろに傷ついたサラの姿を目の当たりにして、ようやく自身の過ちに気付いたキャサリンは、あの晩、警察にかけられた「女の子がレイプされている」という電話の声と、ゲームマシーンに残っていたKENETHの名前から、大学生の同級生ケネスの存在を割り出します。
ケネスを証人として、周りではやしたてた男たちを「犯罪教唆」として告発し、「強姦を教唆した」と立証できれば、先の暴行の判決も変わってくるからです。

ついに裁判が始まり、サラも証人として証言台に立ちます。
裁判に勝訴するには、思い出したくない事も、大勢の前で、逐一、証言しなければなりません。

その証言が、どれほと辛く、悲しいものであっても、被告側の弁護士は、自身のクライエントを守るため、「あなたにも落ち度はあった」=強姦ではないと、陪審員に印象づけようとします。

「行為の間中、ずっと目を閉じていたのに、どうして、誰がはやしたてたと分かるのですか」
「あなたにも逃げ出すチャンスがあったのに、どうして逃げなかったのですか」
「”助けて”とか、”警察を呼んで”とか、どうして叫ばなかったのですか」

ここまで厳しく追及されたら、女性も混乱して、「自分が悪かった」と無気力に陥るかもしれません。

告発の行方 ジョディ・フォスター

弁護士の厳しい追及に、サラの答えは一つしかありません。
『NO(やめて)』
茫然自失とし、されるがままだったサラにとって、『NO』以外に思いつく言葉はありませんでした。

告発の行方 ジョディ・フォスター

最後に事件の真相を知るケネスが証言台に立ちます。
ケネスの口から語られたのは、一方的な性暴力と集団による辱めでした。

告発の行方 ジョディ・フォスター

この作品は、一貫して、「被害者女性の自業自得(お酒とマリファナ)」「世間の無責任な嘘(女性も楽しんでいた)」「弁護士の印象操作(ふしだらな女性は暴行されても仕方ない)」等々、冷徹な捜査と裁判の実態をテーマにしています。

女性にとっては、非常にショッキングな内容ですが、後にも先にも、これほど如実に性暴力の実際と裁判の現実を知らしめた作品はありません。
当時の映画誌には、「ジョディがあまりに小柄であった為、犯人役の俳優らが暴行シーンを躊躇し、逆にジョディに励まされて撮影を進めた」というエピソードも紹介されていたほどです。
私も映画館で鑑賞しましたが、「全米の心臓を止めた」というキャッチコピーは決して誇張ではありません。
今はamazonプライムで100円セールスなどもやってますので、機会があれば、ぜひご覧になって下さい。

ちなみにピンボールの場面で効果的に流れる音楽は、プリンスの『Kiss』という曲です。(Spotifyで視聴する

『告発の行方』とは対照的に、性暴力のトラウマを抱える女性の復讐をポップに描いた『プロミシング・ヤング・ウーマン』もおすすめです。

興味のある方はぜひ。

女性と向き合えない男たち ~映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』と現代女性の本音

【社会コラム】 警察も裁判所も被害者の救済機関ではない

多くの人は、「何かあれば、警察に通報すればいい」と軽く言いますが、警察も裁判所も司法機関であって、「心の相談室」とは大きく異なります。

警察の任務は、犯罪の証拠を集め、犯人を特定することであり、裁判所は、提出された証拠を元に、有罪か無罪かを判断し、内容に応じた量刑を下すところです。

被害者の心を癒やし、支え、励まししてくれる救済機関ではないんですね。

それゆえ、警察は、被害者に同情するよりも、事実関係を明らかにすることを優先しますし、裁判所も、どれほど被害者が可哀相でも、「それは本当に犯罪に相当することなのか。有罪なら、どれくらいの量刑が適切か」を冷徹に判断します。

被害者が泣いて被害を訴えても、確たる証拠がなければ有罪にはなりませんし、被告に弁護士が付けば、無罪を勝ち取るために、全力で被害者の証言を潰しにかかります。

司法と救済はまったく別のもので、ひと度、裁判になれば、ひたすら是か非かの話になってくるんですね。

ただでさえ、身も心も傷つき、弱っている時に、警察や裁判所で徹底的に事情聴取されたら、どれほど気の強い女性でもボロボロになりますし、これといった証拠がなければ、相手が無罪放免になることも有り得ます。

それくらい「立証」というのは難しいですし、立証されたところで、望むような判決が下るとも限らないんですね。

サラの場合、有能な女性弁護士が付いて、最後まで一緒に戦ってくれましたが、皆がみな、そうした援助者に恵まれるとも限りません。

孤立無援の中で、生きる気力も失い、自ら命を絶ってしまう人も少なくないと思います。(参考記事 : なぜ小児性犯罪には厳罰が科せられるのか 映画『スポットライト ~世紀のスクープ』

もし、私たちが、そうした事例に関わることがあれば、サラとキャサリンのように、世間の偏見に惑わされることなく、どんな時も被害女性の気持ちに寄り添うことを大事にしたいものです。

日本にも様々な救済機関がありますので、参考までに。

誰かにこっそり教えたい 👂
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次 🏃